(12)ウィルスとは何だ

 現在新型コロナウィルスが全世界で猛威を振るっています。それについての事を書こうと思ったのですが、この原稿を書いているのは4月の上旬です。広報が皆さんのお手元に届く5月にはどんな状況になっているのかわかりません。なので、今回はウィルスの一般的な事を中心に書くことにしました。
 ウィルスとは何なのでしょうか。ウィルスは「他の生物の細胞を利用して自己を複製させる、極微小な感染性の構造体で、タンパク質の殻とその内部に入っている核酸からなる。生命の最小単位である細胞やその生体膜である細胞膜も持たないので、小器官がなく、自己増殖することがないので、非生物とされることもある。」(フリー百科事典『ウィキペディア』より)です。核酸とはDNAの事でDNAは遺伝子の本体です。要は「遺伝子」が殻をかぶって世間を渡り歩いているのです。「???」ですよね。この事を理解するためには「細胞とは何か」を理解しなければなりません。
 生物の最小単位は通常は「細胞」です。細胞は栄養分を取り込んでその機能を維持し、細胞分裂をして増殖します。細胞は非常に小さいものですが、その中には複雑な生物的構造・機能が仕込まれています。その構造・機能の設計図は細胞核の中にある「遺伝子」に全て書き込んであります。生物の細胞はどれ一つ取ってもその生物全体を作りあげるのに必要な全ての情報を遺伝子の中に持っているのです。細胞が分裂して増える時には、その構造物だけでなく「遺伝子」もまるごと複製されます。分裂しできた二つの細胞はもとの細胞とまったく同じ構造物と遺伝子を持つのです。このようにして「遺伝子」は細胞から細胞へ脈々と伝わって行きます。生物の本質は自らが「生きる」と言う事よりも、次世代を「生み出し」自分の持つ全てを「伝える」事にあるのです。
 ではウィルスはどうなのでしょうか。ウィルスには「遺伝子」だけあって細胞構造がありません。情報は持っているのですが実行する装置を持っていないので、自分の力で増殖することができません。そのためウィルスは他の生物の細胞に入り込み、その細胞の構造・機能を横取りして自分の「遺伝子」と殻を複製して細胞の中でどんどん増殖します。そして世話になった細胞を破壊して出てくるのです。とんでもないヤツですね。でも次世代を「生み出し」「伝える」という意味では生物の一種なのでしょう。
 ウィルスも増殖するだけで悪さをしなければいいのですが、そうはいきません。ウィルスはいろいろな病気の病原体として知られています。天然痘・エボラ出血熱など超危険な病気、エイズやC型肝炎のような慢性の面倒な病気、インフルエンザやノロの胃腸炎のようなそこらに普通にある病気までいろいろあります。そして普通の「かぜ」はそのほとんどがウィルス感染です。コロナウィスルはそのような「かぜ」を起こすウィルスの一種です。しかし以前にはSARS・MERSのような危険な肺炎を起こすコロナウィルスの変種がありました。今回もそのような新しいコロナウィルスの変種が出現して肺炎を起こして猛威を振るっています。
 人間はウィルスにただやられるだけなのでしょうか? そうではありません。人間には「免疫」という高性能の防御機能が備わっています。一度侵入した外敵を記憶しておいてそれを駆逐する体制を整え、次に来た時には効果的にやっつけるというものです。「一度侵入した外敵を記憶しておいて」ですから、初めて会った敵を直ちに駆逐する事はできません。新型コロナウィルスは「新型」ですから人類は今回初めてこのウィルスに遭遇したわけです。あっという間に全世界に蔓延したのはこんな事情によります。それでも初めて会った相手でも泥縄式に防御態勢を整えてなんとか撃退することができるようにはなっています。だから新型コロナウィスルに感染しても8割の人は無症状かカゼ症状程度で済みますし、ある程度重症になっても時間が稼げれば回復することができます。一度侵入した敵は免疫担当細胞がしっかり記憶しておくので、次に来た時にはすかさず防御機能を発動して返り討ちにしてやることができます。その応用が「ワクチン」による予防です。弱毒化したウィルスを投与して軽く感染させ、防御態勢をあらかじめ整えておくというものです。残念ながら新型コロナウィルス用ワクチンが完成するのは早くても年末だと言われています。
 自前の免疫力だけで足りない場合は薬の力を借りたくなります。ウィルスを駆逐する薬はあるのか? ウィルスは先に書いたように増殖する仕組みが細菌と全く違うので、細菌用の薬「抗生物質」は全く効きません。何種類かのウィルスには専用の薬がありますが、種類は限られています(エイズ、C型肝炎、ヘルペス、インフルエンザなど)。残念ながら新型旧型問わずコロナウィルス用の薬はありません。幸い、ある種のインフルエンザウィルス用の薬が新型コロナウィルスに効果がありそうだという事で、現在臨床試験が進行中です。今後は新しい抗ウィルス薬の開発が加速することと思います。
 新型コロナウィルスによる今回のパンデミックは高度に進歩したはずの現代医学の弱点を露わにしました。今後の医学研究は、いかにウィルスを駆逐し感染の拡大を抑えるかに大きく舵を切る事になるでしょう。そうなってくれないと困ります。